<この記事のポイント>
前回は、「取扱説明書」をコア情報にして、目的の異なるコンテンツを作成しました。生成AIは、スタイルガイドに従って、それぞれの目的に沿ったコンテンツを無事に作成できました。(これまでの記事はこちら)
ここからは、AIにゼロから「取扱説明書」の執筆そのものを任せることができるのか、その「限界」と「可能性」を見極めていきます。開発部門から届いた無機質な「製品仕様書」。これをAIに渡すだけで、ユーザーフレンドリーな「取扱説明書」の初稿が完成できないのか、この問いに向き合います。
今回のテーマは「仕様書から自動生成するトリセツの限界」です。
まず、生成されたトリセツを評価するための「品質評価基準」を定義します。これは、国際規格IEC/IEEE 82079-1を参考にして作成します。次に、AIに無機質な「製品仕様書」だけを与えて取扱説明書(トリセツ)を生成させます。
そして、自動生成したトリセツを2つの視点から評価します。1つ目は「AI自身による評価」を行い、2つ目は、専門家の視点で私達が目指す「理想の取扱説明書」を基準に再評価します。その評価にはどんなギャップが確認できるでしょうか。
AIを真のパートナーとするために、私たちが 「何を」準備すべきか、その核心に迫ります。
資料編のページには、検証に使用した仕様書や、実行時のプロンプト等を掲載しております。詳細の確認や、実際に試す場合にご活用ください。
検証に使用した生成AIはGoogle Geminiです。Gemini には、GemマネージャーというGemniをカスタムする機能があります。これを利用して、Geminiにカスタマイズしてどのようにカスタマイズできるか確認します。Gemマネージャーは無料版のGeminiからも利用できます。詳しくは、Geminiのページでご確認ください。
<執筆時の生成AI活用:これまでの記事>
・第1回 校正ルールに基づいた校正にチャレンジ
・第2回 自分流に書いた後で用語表記ルールに沿って校正する
・第3回 シンプルな用語置換を超える表現の変換にチャレンジ
・第4回 トリセツからFAQもガイドも自動作成してみる
ドキュメント品質評価基準の定義
今回は、製品仕様情報からトリセツを自動作成し、そのトリセツを評価するため、まず、ドキュメントの評価基準を定めます。評価基準を策定には「利用者用情報」の国際基準であるIEC 82079-1を参考にしました。
「利用者用情報」の国際規格 – IEC 82079-1
IEC/IEEE 82079-1は、製品の取扱説明書をはじめとする「利用者向け情報」を作成するための国際規格です。これは、特定の製品の書き方を細かく定めるものではなく、安全で効果的な情報を提供するための普遍的な原則を定めた、いわば「良いトリセツの品質を測る世界共通のものさし」と言えそうです。この規格が目指すのは、利用者が製品のライフサイクル全体を通じて、迷うことなく安心して製品を使いこなせるようにすることです。
以下に、IEC/IEEE 82079-1が重視するポイントを9つ挙げ、その概要をまとめます。
- 網羅性 (Completeness)
製品の開封、設置、操作からメンテナンス、そして廃棄に至るまで、製品のライフサイクル全般における全ての情報が漏れなく含まれていること。 - 明瞭性 (Clarity)
対象となる利用者の知識や経験に合わせて、専門用語を避け、誰にでも分かりやすく、誤解の余地がない言葉で書かれていること。 - 簡潔性 (Conciseness / Minimalism)
利用者が目的を達成するために必要のない余分な情報を省き、核心となる情報だけを的確に提供すること。 - 安全性 (Safety)
怪我や製品の損傷につながる可能性のある危険について、警告シンボルや明確なメッセージで注意喚起がなされていること。 - 目的志向 (Purpose-oriented)
利用者が「○○をしたい」という特定の目的を達成できるよう、具体的な手順や解決策が示されていること。 - 正確性 (Correctness)
記載されている情報が技術的に正しく、製品の仕様変更などに合わせて常に最新の状態に保たれていること。 - 一貫性 (Consistency)
マニュアル全体で、用語、表現、デザインのスタイルが統一されており、矛盾がないこと。 - 利用しやすさ (Usability)
必要な情報を探しやすいように構成し、誰もが直感的に内容を理解し、活用できるデザインであること。 - アクセシビリティ (Accessibility)
身体的な制約などに関わらず、すべての利用者が情報にアクセスし、問題なく利用できること。
高品質な利用者向け情報は、これらの重点ポイントが揃うことが必要とされます。これにより、利用者は製品を安全かつ最大限に活用でき、トラブル発生時にも安心して対応できるようになります。
検証で使用するチェックリスト
今回の検証では、IEC 82079-1の原則に基づき、独自の利用者情報の「品質チェックリスト」を定めることにします。今回は、特に「無機質な仕様書」からだけではAIが生成するのが難しいであろう、以下の5つの項目を評価の軸とします。
- 【安全性】安全に関する情報が、最も重要かつ最初に伝わるように配置されているか?
- 【明瞭性】専門用語が避けられ、製品を初めて使う人でも理解できる平易な言葉で書かれているか?
- 【目的志向】各機能が「何をするか(What)」だけでなく、「どんな目的で使うか(Why)」が利用者の視点で説明されているか?
- 【理解容易性】操作の前提となる重要な概念が、簡単に説明されているか?
- 【網羅性】問題が発生した際の対処法(トラブルシューティング)への案内が含まれているか?
チェック項目と、なぜその項目が重要なのか、IEC 82079-1の関連項目を記載した詳細は、資料1:ドキュメント品質チェックリストを参照ください。
Gemの作成:カスタム生成AI「トリセツ自動生成アシスタント」
製品仕様情報からトリセツを自動生成するカスタム生成AI「トリセツ自動生成アシスタント」をGoogleのGemを利用して作成します。Gemの名前、カスタム指示、実行時に参照する知識は、以下のように設定しました。
Gemの名前:
トリセツ自動生成アシスタント
カスタム指示に記述する内容:
ここには、AIに担ってほしい基本的な役割(ペルソナ)と、守るべき大原則を設定します。
「知識」への登録:
前回でも登録した、「全社共通ライティングスタイルガイド」と「 製品ブランドガイドライン」を登録します。
資料2:スタイルガイド
・全社共通ライティングスタイルガイド
・製品ブランドガイドライン
トリセツの自動作成
今回対象とする製品は、前回でも登場した架空の製品、スマートコーヒーメーカー「Aromagic X」です。元情報としての「製品仕様情報」を、カスタム生成AI「トリセツ自動生成アシスタント」にアップロードして、トリセツを作成します。
製品仕様情報
トリセツ作成の基とする製品仕様情報は、以下のとおりです。詳細は以下をご参照ください。
資料3:架空の製品、スマートコーヒーメーカー「Aromagic X 」製品仕様書
自動作成するための作業指示(プロンプト)
自動生成されたトリセツ
製品仕様書をGemで作成した「トリセツ自動生成アシスタント」でアップロードし、作業指示を出しました。その結果、作成された取扱説明書は次のとおりです。
評価
自動生成されたトリセツは一見すると、非常にプロフェッショナルな文章に見えます。与えた情報からここまで文章を生成してしまうことが良いのかという点は気にすべき項目の一つとも言えそうですが、今回は、品質基準である作成した「ドキュメント品質チェックリスト」に照らし合わせてチェックすることにします。まずは、AIによるチェックと、次に、オリジナルの取扱説明書との比較によるチェックをします。
AIによる評価
生成したトリセツを、評価基準である品質チェックリストに照らし合わせて、AIにチェックしてもらいます。
自動生成トリセツを評価するための作業指示
詳細はこちらへ
資料6:生成トリセツを評価するためのプロンプト
AIによる評価結果詳細
- 安全に関する情報が、最も重要かつ最初に伝わるように配置されているか?
- 判定: 〇(達成)
- 理由: 製品紹介の直後、取扱説明書の冒頭(1ページ目)に「■安全にお使いいただくために」という明確なセクションが設けられています 。電源 、設置場所 、水 といった、ユーザーが使用前に必ず知るべき重要な安全情報が最初に記載されており、高く評価できます。
- 専門用語が避けられ、製品を初めて使う人でも理解できる平易な言葉で書かれているか?
- 判定: 〇(達成)
- 理由: 全体を通して、「タコ足配線」、「パウダー状」、「粗挽き」、「クリーミーなミルクフォーム」 のように、専門用語を避けた日常的で分かりやすい言葉が使われています。製品を初めて使う人でも、直感的に内容を理解できるような配慮がされています。
- 各機能が「何をするか(What)」だけでなく、「どんな目的で使うか(Why)」が利用者の視点で説明されているか?
- 判定: 〇(達成)
- 理由: 各機能の説明において、「What(何ができるか)」と「Why(それによってどんな良いことがあるか)」がセットで記述されています。
- 例:温度設定機能
- What: お湯の温度を85℃から95℃の間で設定できる 。
- Why: 豆の個性を最大限に引き出し、プロの味を再現するため 。
- 操作の前提となる重要な概念が、簡単に説明されているか?
- 判定: △(一部達成)
- 理由: 「スマート連携機能」について、Bluetoothで接続して「遠隔での操作や、お好みの淹れ方の保存などが可能になる」 という、連携によって可能になること(結果)は説明されています。
- 問題点: 一方で、「Bluetooth」という技術そのものについての簡単な説明や、利用するための前提条件(例:お使いのスマートフォンが対応している必要がある、など)についての記述がありません。IT機器に不慣れなユーザーが、この機能を利用する際に戸惑う可能性があります。
- 問題が発生した際の対処法(トラブルシューティング)への案内が含まれているか?
- 判定: ×(未達成)
- 理由・問題点: 今回提示された取扱説明書の範囲内では、「故障かな?と思ったら」といったトラブルシューティングに関する情報や、問題発生時の問い合わせ先に関する案内が一切含まれていません。これは、ユーザーが製品を安心して使用する上で、最も重要な情報の一つが欠落している状態です。取扱説明書として、早急な追記が求められます。
専門家による再評価:AIが見過ごした「重大な欠落」
AIが自動生成したトリセツと、オリジナルのトリセツを比較して、その違いを確認します。
資料5:[PDF]スマートコーヒーメーカー「Aromagic X] 取扱説明書(自動生成版)
資料7:スマートコーヒーメーカー「Aromagic X」 取扱説明書(オリジナル版)
AIが「できたこと」:スタイルとブランドの遵守
カスタム生成AIに「知識」として与えたガイドラインに沿った生成がなされています。
スタイルガイドの遵守:
「お客様」「~できます」といった表記や、丁寧なトーン&マナーなど、「全社共通ライティングスタイルガイド」のルールが守られています。文章の「体裁」指示どおりです。
ブランドイメージの反映:
「あなただけのバリスタを、すぐそばに。」というブランドタグラインや、「至福の一杯」といったキーワードが自然に盛り込まれており、「製品ブランドガイドライン」が考慮されていることが分かります。
AIが「できなかったこと」:トリセツの本質的な内容の欠落
1. 安全に関する情報の配置 → × 未達成
・評価: 最も重要な「やけどに関する警告」が完全に抜け落ちています。一般的な「電源」や「設置」に関する注意は生成していますが、仕様書にない製品固有の重大なリスクはAIには分かりませんでした。これはトリセツとして致命的な欠陥です。
・補足: AIは『安全のセクションがある』という事実だけで『〇(達成)』と自己評価したようです。
オリジナルの取扱説明書には、重要注意事項として、「やけどに関する警告: 抽出中および抽出直後の抽出口やその周辺部品は、高温の蒸気や液体 により非常に熱くなります。火傷の危険がありますので、絶対に素手で触れないでください。」との記載がありました。開発部門から提供されるような「製品仕様書」には、このレベルの具体的な安全情報が含まれていなくても、取扱説明書として記述すべき内容には、上記のような具体的な警告文が絶対に必要です。
『あるべき理想のコア情報』としてのオリジナルの取扱説明書と照らし合わせると、最も重要な『やけどに関する警告』が完全に抜け落ちていることがわかります。これは、AIが書かれていることの評価は得意でも、書かれていないが、文脈上あるべきことを推論し、その欠落を指摘するのはまだ非常に困難であることを示唆しています。
2. 初心者向けの平易な言葉 → △ 一部未達成
・評価: 全体的に平易ですが、「Bluetooth連携」などの専門用語が、何をするためのものかという説明なしに使われています。
3. 利用者の目的(Why)の説明 → △ 一部未達成
・評価: いくつかの機能では「味わいを自由にカスタマイズできます」といった目的が書けており優秀です。しかし、これはAIが一般的な知識から推測したものであり、製品独自の、より深い開発意図などまでは反映できていません。
4. 重要な概念の説明 → × 未達成
・評価: 「スマートフォンで操作する」とありますが、そのために必要な「専用アプリ『AromaLink』」の存在や、ダウンロードが必要であることなど、ユーザーが行動するために不可欠な前提情報が書かれていません。
5. トラブルシューティング → × 未達成
評価: 「困ったとき」の情報が一切ありません。仕様書は製品が正常に動作する場合のことしか書いていないため、AIは故障やエラーといった負の側面を想定することができませんでした。
評価の比較で確認できたこと
AIによる評価と専門家の評価とのギャップを一覧にまとめると、AIの特性がより一層明確になります。それぞれの評価結果をまとめます。

AIは、『書かれていること』を評価することは得意そうですが、『書かれていないが本来あるべきこと(重大な欠落)』を認識するのは、まだ困難なようです。ここでの気づきをまとめます。
・気づき1: AIは、不完全な情報からは完全なトリセツは作れない。
・気づき2:AIは、自らが犯した「情報の欠落」という重大なミスに、自分自身では気づけない。
まとめ:生成AIは与えた以上のものにはなれない
今回の検証では、「製品仕様書」と「スタイルガイド」だけをインプットとしてトリセツの自動生成に取組み、生成AIは、体裁こそプロフェッショナルな文章を生成しました。しかし、その中身は、ユーザーの安全や目的といった、取扱説明書として最も重要な要素が抜け落ちた、不完全なものでした。さらに、AI自身はその「内容の欠落」という重大な欠陥に気づくことがきませんでした。この事実は、AIを業務で活用する上で、極めて重要な示唆を与えてくれます。
どんなに優れた文章生成能力を持っていても、その源泉となる「コア情報」が不完全であれば、アウトプットもまた不完全になります。AIの性能を最大限に引き出す鍵は、AIそのものの能力ではなく、AIに与える「コア情報の品質」にこそあると言えそうです。
では、AIが最高のパフォーマンスを発揮できる「コア情報」とは、一体どのようなものでしょうか。どのように情報を構造化し、どのような内容を盛り込んでおけば、AIは私たちの期待を超える「完璧なトリセツ」を生成してくれるのでしょうか。
次回では、今回の検証で明らかになった「欠落」を回避する理想的な「AI対応コア情報」の設計術について、具体的な手順を交えながら探求していく計画です。AIを真のパートナーへと育てる「設計図」を描いていきます。どうぞご期待ください。
<終わりー執筆時の生成AI活用:仕様書から自動生成するトリセツの限界>






