これまで、AI機械翻訳についてその品質面について検討してきましたが、AI機械翻訳するテキストの整理で大きく関連してくるワープロなどのビジネスツールとの親和性については、検討が抜け落ちていました。この点については、皆さま関心がおありのところだと思います。
ということで、ビジネスツールの代表格であるMicrosoft社のOfficeツールでの機械翻訳についてお話をしたいと思います。Microsoft社は、BingというNMTツールを自社開発していますので、おそらく、OfficeツールにもAI機械翻訳の機能が備わっているでしょう。
[2022.5] PC上のアプリについて確認したこと – OfficeツールとAI機械翻訳(1)
今回は、PC上のアプリ(クライアントアプリ、または、買い切り版のアプリ)について確認したことをお伝えします。
PC上のアプリの場合
実際に確認したところ、Officeツールでは、Microsoftの翻訳ツールが使用できるようになっています。 Word、Excel、PowerPointいずれのツールでも、「校閲」タブを開けば、Microsoft Translatorの翻訳のコマンドが選べます。
これを使用すれば、別途、翻訳ツールを立ち上げたりする手間がかかりません。 つまりWord、Excel、PowerPoint のOfficeツールでは、 翻訳したいと思ったら、上記の2クリックをすればいいわけです。
Wordの場合は、以下のように、ポップアップメニューが表示され、「選択範囲の翻訳」なのか「ドキュメントの翻訳」(そのドキュメント全体の翻訳)なのかを選択できるようになっています。
ExcelやPowerPointでは、「選択範囲の翻訳」しかできません。「ドキュメントの翻訳」はできません。
ここからは、Wordについての説明になります。
テキストで翻訳したい部分を選択すると、「翻訳元の言語」は自動検出(デフォルト)されます。 また、「翻訳先の言語」は、プルダウンメニューから選択します。
翻訳ペインで「ドキュメント」を選ぶと、このドキュメント全体を翻訳できます。
英日の翻訳品質確認
ところで、肝心の翻訳品質はどうだったのでしょうか。
英語原文
タイトル:English writing
Purpose of this English Writing Style Guide is to give you an idea and methods how to write an English document clearly and concisely (limited to written language, not including spoken language). It helps you to find the right direction including appropriate terms and correct expressions when you happen to go astray in a huge writing labyrinth. You are required to write in a clear, concise, and correct manner (3C) to communicate with your stakeholders including the customers in the global society and have them take responsive actions, if necessary.
Microsoft翻訳文
タイトル:英語ライティング
この英語ライティングスタイルガイドの目的は、英語の文書を明確かつ簡潔に書く方法(書き言葉に限定され、話し言葉を含まない)のアイデアと方法を提供することです。それはあなたが巨大な文章の迷路で迷子になったときに適切な用語と正しい表現を含む正しい方向を見つけるのを助けます。グローバル社会の顧客を含むステークホルダーとコミュニケーションをとり、必要に応じて対応行動を起こすために、明確、簡潔、かつ正しい記述(3C)が求められます。
いかがでしょうか。1つ目の赤くマーカーした部分(方法)を「ため」と置き換えるだけで、それなりに使用できるものになります。
参考までにグーグル翻訳も試してみました。
グーグル翻訳
タイトル:英語の執筆
この英語ライティングスタイルガイドの目的は、英語のドキュメントを明確かつ簡潔に書く方法のアイデアと方法を提供することです(書き言葉に限定され、話し言葉は含まれません)。 巨大な文章の迷路に迷ったときに、適切な用語や正しい表現を含む正しい方向を見つけるのに役立ちます。グローバル社会のお客様をはじめとするステークホルダーとのコミュニケーションを図り、必要に応じて対応していただくために、明確・簡潔・正確な方法(3C)で書いていただく必要があります。
これも、Microsoftと同様で、1つ目の赤くマーカーした部分(方法)を「ため」と置き換えるだけで、それなりに使用できるものになります。これらの翻訳結果を見る限りでは、品質のレベルとしては、Microsoft社もグーグル社もほぼ同じと言えます。
他言語への翻訳品質確認
機械翻訳を使えることの大きなメリットとしては、多言語展開時の品質確認です。
日英ぐらいなら自身で翻訳品質を確認できますが、自分が理解できない言語への翻訳の品質確認も、「英語→他言語→日本語/英語」という手順で、ほぼ確実に確認できます。
[例]英語→オランダ語
オランダ語→日本語
オランダ語翻訳の場合も同様で、1つ目「方法」を「ため」と置き換えるだけで、それなりに使用できるものになります。
(終わり – PC上のアプリについて確認したこと – OfficeツールとAI機械翻訳1 )
[2022.6] え!この翻訳でいいの?「喫煙者を始めるときは」 – OfficeツールとAI機械翻訳(2)
~お知らせ~
先月、Word、Excel、PowerPointなどのOfficeツールで、Microsoftの翻訳ツールが使用できるようになっていると申し上げましたが、これはデスクトップ版にかぎってのことでした。Microsoft社のビジネス向け最新版であるMicrosoft 365(サブスクリプション版)では、Word には翻訳ツールが付いているのですが、ExcelとPowerPointには翻訳ツールが付いていません(Outlookにはアドイン)。ExcelやPowerPointで翻訳ツールをよく使用される方は、この点をご確認ください。
これからのビジネスツールにとってますます重要になってくるはずの翻訳機能が付いていないのはどうしても解せないので、この点、いろいろな方に確認しました(特に、MSのサポートセンターの方には、丁寧にご対応いただきました)。それでも、納得できないので、現在、この点について、シアトル本社のMicrosoft Translatorの責任者の方にメールで問い合わせております(我ながら、このしつこさと図々しさには呆れます)。確認できたところで、その結果を皆さま方にお伝えしたいと思います。
さて、本題に移ります。
Microsoft Officeが使用されている環境で、AI機械翻訳がどのように使われているか、またその翻訳精度はどれぐらいのレベルなのか、確認したい方はそれなりにいらっしゃるのではないでしょうか。
まず、小手試しに一つの例を用意しました。
英語原文:When you start your smoker, insert your digital meat probe(*) into the deepest part of your cut of meat.
(*) probe: 探針型の温度計
MS翻訳(*) 喫煙者を始めるときは、デジタルミートプローブを肉のカットの最も深い部分に挿入します。
(*) MS翻訳:Microsoft Translator
AI翻訳1: 喫煙者を始めるときは、デジタルミートプローブを肉の切り身の最も深い部分に挿入します。
AI翻訳2: 喫煙者がたばこを吸い始めたら、デジタルミートプローブを肉の切り口の最も深い部分に挿入します。
いずれも、同じところで大きな間違いをしています。まあ、これはご愛嬌ですね。smokerは多義語(polysemy)ですので、簡単に誤訳してしまいました。smokerには「喫煙者」と「燻製器」の意味があります。特に、「AI翻訳2」では、「喫煙者がたばこを吸い始めたら」というもっともらしい表現になっていますので、思わず笑ってしまいます。
機械翻訳がまだ使い物ならないという人たちは、このような誤訳を見ると、それ見たことかと思われるでしょう。しかし、smoker、つまり「燻製器」の存在を知らない人であれば、ほとんどの人が(おかしいなと思いながらも)誤訳してしまうでしょう。それは、人でも機械でも同様です。機械翻訳を適切に使用するには、多義的な解釈を用語から失くしていくことが必要です(これは、人間が理解するためにも必要なことです)。
それでは、smokerを「喫煙者」と誤訳させないためにはどうしたらいいのでしょうか。WebsterやOxfordなどのいわゆる「大辞典」であれば「燻製器」も掲載されているのでしょうが、一般的に私たちが使用している「要約版」の場合では、Webster やLongmanやCollinsやCobuildなどの一般的な辞書でsmokerを調べると、「喫煙」に関することが載っています。やっと、Oxfordで、2番目の意味としてA person or device that smokes fish or meat.(魚や肉を燻製にする人、または機器)が掲載されていました。それでは、日本語の一般的な英和辞典ではどうでしょうか。smokerはそのほとんどが「喫煙」に関することでした。「燻製器」が意味の一つとして掲載されていたのは、「ジーニアス英和辞典第5版」と「リーダーズ英和中辞典第2版」でした。基本的に、日本の英和辞典は、アメリカの英英辞典をベースにしてつくられていますので、英英辞典以上のものにはなりませんし、英和辞典の世界は、どうしても情報が少し古くなります。これが、英日対訳の部分で、なかなかsmoker=「燻製器」とならない理由だと思われます。
ところが、ウェブの画像検索でsmokerを調べてみると、以下のとおり、そのほとんどが、「燻製器」でした。これが、日進月歩で情報が変化していくウェブと、早くても10年単位での変化の辞書の世界との違いです。
いずれにしても、辞書とウェブの温度差には納得させられるものがあります。辞書という紙媒体に比べて、ウェブは世相をダイレクトに反映しています。
3社とも同じぐらいのレベルでしたので、この勝負、引き分けとします。
ちなみに、どのようにすれば、このような誤訳を避けられたのでしょうか。smoke device /smoking deviceとすれば「喫煙器」となりますし、smoke machineとすればビジュアル効果を得るための「フォグマシーン」になってしまいます。苦肉の策としては、グーグル英語版で画像検索して得られるgrill smokerのように(上記イメージの赤線部分)、料理の分野の用語であるgrillを加えることで対応するしかありません。
英語原文:When you start your grill smoker, insert your digital meat probe into the deepest part of your cut of meat.
MS翻訳: グリルスモーカーを起動したら、デジタルミートプローブを肉のカットの最も深い部分に挿入します。
AI翻訳1: グリルスモーカーを開始するときは、デジタルミートプローブを肉の切り口の最も深い部分に挿入します。
AI翻訳2: グリルスモーカーを始めたら、肉の切り口の最も深い部分にデジタルミートプローブを差し込みます。
ちなみに、AI翻訳1はインターネット上で最も一般的に使用されているものでした。
次回は、このコーナーでもご紹介した例文を使って、検証していくことにします。
(終わり – え!この訳でいいの?「喫煙者を始めるときは」- OfficeツールとAI機械翻訳2 )
[2022.7]10個の例文でMicrosoft Translatorの強みを見つけ出す
~ OfficeツールとAI機械翻訳(3) ~
Microsoft Officeが使用されている環境で、AI機械翻訳がどのように使われているか、またその翻訳精度はどれぐらいのレベルなのか、確認したい方はそれなりにいらっしゃるのではないでしょうか。
以前、このコーナーでご紹介した例文を使って検証していくことにします。
MS翻訳:Microsoft Translator
AI翻訳:インターネット上で一般的に使用できるほかのAI翻訳
例文1
英語原文:You can catch flu, no matter how you take care about your health.
MS翻訳: あなたの健康にどのように気を配っても、インフルエンザに罹患することができます。
AI翻訳: どんなに健康に気を付けても、インフルエンザにかかる。
これは、以前ご説明しましたように、この場合のcanは「能力」ではなく「その可能性がある」という意味を表します。catchはインフルエンザ菌を運悪くつかんでしまう→つまり、罹患してしまうというメタファーです。
これは、ほかの「AI翻訳」のほうが適切な翻訳ができました。
例文2
日本語原文:社会からさまざまな財貨やサービスを受け入れて、それにプラスアルファを付けて社会に還元する。
MS翻訳: We accept various goods and services from society and give them back to society by adding a plus alpha.
AI翻訳: We accept various goods and services from society and give them back to society with a plus alpha.
どちらも和製英語のプラスアルファを、英語のsomething extraに適切に置き換えることはできませんでした。ということで引き分けです。
例文3
日本語原文:その会社は今年の春にハイビジョンテレビを売り出した。
MS翻訳: The company launched a high-definition TV this spring.
AI翻訳: The company launched a high-definition television this spring.
翻訳結果では、いずれも、high-definition televisionと英語として適切に翻訳されています。ということで、これも引き分けです。
例文4
日本語原文:2年後にはリニアモーターカーが営業を開始する予定です。
MS翻訳: In two years, a maglev is scheduled to start operations.
AI翻訳: Two years later, the linear motor car is scheduled to start operations.
「MS翻訳」は「リニアモーターカー」を適切な英語の用語maglevに置き換えています。ここでは、「AI翻訳」は、和製英語のリニアモーターカーを英語に置き換えることができませんでした。
例文5
日本語原文:今日は、名古屋メシでいいですか。
MS翻訳: Can I go to Nagoya Messi today?
AI翻訳:Is it okay to go to Nagoya Meshi today?
どちらもどちらですね。ということで、原文の日本語を変えてみます。
例文6
日本語原文:今日の夕食は、名古屋料理の中から選んでいいですか。
MS翻訳: For today’s dinner, can I choose from Nagoya cuisine?
AI翻訳: Can I choose from Nagoya cuisine for today’s dinner?
どちらの翻訳も同レベルです。「MS翻訳」のほうは、「今日の夕食は」を強調しています。
例文7
日本語原文:数値はノギスで計測する。
MS翻訳: Numerical values are measured with calipers.
AI翻訳: Numerical values are measured in nogis.
「MS翻訳」は、ノギスを適切な英語calipersに置き換えてくれました。「AI翻訳」は「ノギス」を理解していなかったようです。
例文8
日本語原文:そのPCはウイルスで使用できない。
MS翻訳: That PC is unusable due to a virus.
AI翻訳: The PC cannot be used with a virus.
「MS翻訳」は、助詞「で」の役割を理解して、ウイルスを適切に翻訳できました。「AI翻訳」は適切に翻訳できませんでした。
例文9
日本語原文:寒さと緊張で、大学受験に失敗してしまいました。
MS翻訳: Because of the cold and nervousness, I failed the university entrance examination.
AI翻訳: I failed to take the university entrance exam because of the cold and nervousness.
「MS翻訳」は適切に翻訳できた。「AI翻訳」は誤訳しました。
例文10
日本語原文:ビジネスで海外に出張する人も、帰国後は14日間の自宅待機となります。
MS翻訳: Even those who go on business trips abroad will be required to stay at home for 14 days after returning home.
AI翻訳: Even those who travel abroad for business will have to wait at home for 14 days after returning to Japan.
両方とも、「出張する人も」の助詞「も」を接続助詞として強調だと(Even thoseと)解釈してしまいました。以前、ご説明しましたように、この助詞「も」は係助詞(取り立て助詞)であり、「こういった人たちについては・・・」という説明で使われるものです。
ほかの点では、「MS翻訳」の翻訳は、「ビジネス出張」business tripを適切に翻訳しています。「AI翻訳」は、travel abroad for businessと少し冗長な表現になっています。
以上の例のように、Microsoft Translatorの品質もそれなりのものがあることがおわかりいただけたことと思います。上記のMaglevやcalipersなどを適切に置き換えてくれました。ひょっとしたら、一般的な翻訳というよりも、技術翻訳に向いているのかもしれません。
(終わりー10個の例文でMicrosoft Translatorの強みを見つけ出す – OfficeツールとAI機械翻訳3)
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