日本発のライティング規格に関する国際会議レポート

 今回は、6月上旬から中旬にかけてドイツとベルギーで行なわれたASD-STE100 Simplified EnglishとISO TC37 Language resourcesの会議のご報告をさせていただきます。

主なトピック
出張の背景
出張の目的
ASD-STE100 Maintenance Group meeting
 - ASD-STE100 Maintenance Group (STEMG)とは
 - 会議内容抜粋
ISO TC37 WG11 Plain language会議
ISO TC37 WG5会議

出張の背景

 中村の「日本発」の国際規格ISO 24620-4 Basic principles and methodology for stylistic guidelines (BSG)は、わかりやすく翻訳しやすい英語など世界中の各言語に共通なライティングのルールセットです。近年、わかりやすい書き方を追求するASD-STE100やPlain languagesのライティングを進めるための基本的なライティングルールになるものです。

この規格のポイントは、以下のとおり:
これまで世界中で使われているライティングルールは、英語圏で書かれたものです。それに対して、このISO 24620-4は、互いに言語的に遠く離れた日本語と英語の比較を通じて、互いに類似したライティングのポイントをまとめあげたものです。その意味で、このライティングルールは世界中のいろいろな言語に使用することができます。また、非英語圏から、英語などで国際共通のライティング規格が出されたのは初めてです。実は、この点が、ヨーロッパの関係者たちから高く評価されているところです。
この規格は英語で書かれた英語のライティングルールではありますが、この規格を各国語に翻訳すれば、そのまま、その国の言語のわかりやすく翻訳しやすいライティングルールとして活用いただけます。
もちろん、このライティング規格は、言語としては互いに遠く離れた英語と日本語を比較してつくりあげたものですので、日本語のライティングルールとしても、広く皆さまにお使いいただけます。たとえば、英語の前置詞“with”と日本語の助詞「で」は同様に、道具の「具格」の意味以外もありますので、共に曖昧になりやすい言葉です。
この規格は、特殊な分野ではなく、一般の人々に広く使ってもらえるものなので、他の規格と比べて、広範に普及することが考えられます。完全な「日本発」のライティングの国際規格として国内外にアピールできればと思います。

出張の目的

 この規格を推進、改善していくためには、controlled languages (制限言語)のルールを幅広く考察して、世界各国の制限言語担当者の協力を仰ぐ必要があります。特に、制限言語の代表格といえるASD-STE100は、そのライティングルールや辞書で、複数の解釈が成り立たないように、つまり、誤解無くわかりやすく伝わるように書くことができます。その意味でも、私のISO 24620-4と目的が合致しています。6月のISO会議の前の週に開催されるASD-STE100 の会議に参加して、ISO 24620-4の内容を発展させます。

ASD-STE100 Maintenance Group meeting

於:Vestas社 Hamburg, Germany
期間:2023年06月04日から2023年06月09日
ASD-STE100 Maintenance Group (STEMG)*: アメリカ Boeing、Pratt & Whittney、アルゼンチン ANAC、イギリス Team Defense、イタリア Second Mona、オーストリア AAIG、スウェーデン Saab、SAS、スペイン Airbus、ドイツ Vestas、フランス Airbus、日本 JTCA、ロシア Aviaizdat LLC

ASD-STE100 Maintenance Group (STEMG)とは

 ASD-STE100は、エアバス社やボーイング社など航空機産業(ASD:欧州航空宇宙産業会Aerospace, Security and Defence Industries Association of Europe)が企画した英文ライティングのルールと辞書のセットです。ASD-STE100は、ルールと辞書(one word, one meaning: 一語一義だけではなく、one word, one part of speech: 一語一品詞 [例外もあります])で多義的な解釈ができないようにする、非常に合理的なルールセットです。
STEMGは、そのASD-STE100シンプリファイド イングリッシュを定期的に更新、メインテナンスをしているグループです。中村もこのメンバーです。

出席メンバー全員の集合写真
Vestas社での会議風景
ASD-STE100は今年で40周年

STEMGは、年に2回、この会議を対面で実施して、ASD-STE100に関する修正依頼などの議題をその場で討議し、決定しています。今回は、約60の修正依頼を、この4日間ですべて討議し、改訂の作業を行ないました。そして、来春まで、討議が継続されて、春には、現行のASD-STE100 Issue 8から、Issue 9へ、3年に一度の改訂が行なわれます。

会議内容抜粋

■ASD-STE100は、男女差にとらわれない「ジェンダーニュートラル」の考え方であることを確認

(今回の会議に関係ないですが)オタワ大学のトイレにあった「誰でもトイレ」のサイン

■受動態の使用(Rule 3.6)の曖昧性の排除
ASD-STE100では、受動態の使用が禁止されているという誤解がある。
現在のRule 3.6 Use only the active voice in procedural writing. Use the active voice as much as possible in descriptive writing. (操作説明では、能動態だけを使用する。状態説明でも、できる限り能動態を使用する)という表現では、受動態の使用を控えるような誤解を与える。状態説明では、受動態も使用できることを明示してほしい。

■mustを使用している文例の見直し
mustを使用している文例で、命令形や別の表現を使ったほうが適切なものがある。もちろん、mustを使用してもいいのだが、安易にmustを使用してしまうと、学習者の多くがこのスタイルを真似して踏襲してしまうおそれがある。特に、操作説明の箇所では、命令形を使うほうが自然。ということで、文例を多く見直した。
文例:
Do not write: Before you remove the clamp, you must disconnect the hose.
WRITE: Before you remove the clamp, disconnect the hose.

■その他
・technical name, technical verb 技術名詞と技術動詞の名称変更
・程度を表す形容詞 deepは辞書にあるがshallowは無し。wideは辞書にあるがnarrowは無し。登録してほしい → ボツ
・seriousとminorを登録してほしい → ボツ
・辞書にあるmostと対を成すleastを登録してほしい → ボツ
審査はこのように厳格です。安易に用語を増やせば、いずれ破綻をきたすからです。

ISO TC37 WG11 Plain language会議

於:欧州議会 Brussels, Belgium
期日:2023年6月12日

ブリュッセルの欧州議会

基本原則であるISO/DIS 24495-1以降の方向性を検討しました。
ASD-STE100とWG11のPlain languageとの違い:
ASD-STE100は、いわゆる制限言語。英語ネイティブ以外の英語話者も英語を使えるようにします、つまり、英語を「国際共通語」にするためのルールです。それに対して、Plain Englishは、自国民(英語ネイティブ)の識字率を上げるためのルールです。

基本原則に上乗せする形で、メタ言語の法律、化学、健康、金融、用語、デザインなどのジャンルを拡充させることになりました。資格認定制度も設けようとしています。認定制度を各国別に進めるとしたら、整合が取れなくなるおそれがあります。
Plain languageの具体的なライティングルールを決めていくということにはならないようです。

ISO TC37 WG5会議

於:欧州議会 Brussels, Belgium
期日:2023年6月13日

ISO 24620-4の内容を発展させます。ISO 24620-4をより実用的にするためには、既存のライティングルール集(ISO 24620-4自体)に加えて、わかりやすく書くための用語辞書をつくることが必要だという結論に至りました。このための必要な情報を収集していきます。
(ISO 24620-4は、英語版を含めての一般化を終了して、英語版として完成しましたが、それぞれの言語ごとにローカライズを行う必要があります。それぞれの言語においてのローカライズは、各国に任せればいいのですが、英語については、ISO 24620-4として行う必要があります。ISO 24620-4は、英語で書かれているのに、それを英語にローカライズとはどういうことかと思われるかもしれませんが、現在のISO 24620-4という文法だけではなく、使用する用語を整備する必要があります。つまり、ISO 24620-4は一般化された文法的な要素は完成してはいますが、英語に特化した辞書[わかりやすくするために使用できる用語集]がありません。) その意味で、ASD-STE100の辞書を参照させるというのは有力な手法の一つです。

最大の全体会議場。会議場を取り囲むように各国語への同時通訳ブースが配置されている

最後に皆さんにお願いがあります。私、中村は、前出のASD-STE100の日本側の代表として窓口になってきました。できましたら、どなたかこのASD-STE100の趣旨に賛同していただける方で、私と一緒にASD-STE100を改善していくSTEMGのメンバーになっていただけないでしょうか。このSTEMGのルールとしては、アジアからは1か国、同一国から2名まで登録することができます。なお、私が将来、年齢的なことが原因でSTEMGを辞めた場合は、アジアのどこかの国にその権利が移る可能性もあります。できれば、それを避けられればと常々思っています。
(編集部注:ご質問等、以下のお問い合わせフォームよりお問い合わせください。中村さんにお伝えします。)

STEMGの皆さんたちと

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