[2022.11] 今一度お聞きします。用語管理はできていますか?
巻頭のあいさつ文、安全に関する注意文、安全規格、著作権などのマニュアルすべてで統一された文は、基本的に定型文であり、MTにかけるものではありません。毎回、訳文が変わりますので、後処理(ポストエディット)する人に無用の負担をかけてしまいます。毎回、訳文が変わるようなことは、時間的にも経費的にも損失になりますので、避けるべきです。
また、会社名や製品名、マニュアルが複数ある場合のマニュアル名、機能名、UI名などといった固有名詞や製品固有の動作を表現する特定の動詞は、用語集でしっかりと管理して、固有名詞として、あるいは定型的な動詞表現として管理すべきです。そうしないと、固有名詞や特定の動詞を、MTは勝手に翻訳してしまい、用語が毎回ユレルことになります。
用語管理はずっと以前から必要な工程でしたが、MTを使用するようになると、その重要性はさらに増します。MTにかける前に、それぞれの会社で用語集を用意する必要があります。とりあえず、下訳でどの程度効果があるのか調べたいというようなクライアントからの依頼があった場合は、効果を見たいのであれば、MTをかける範囲を指定して、基本的な用語だけは用語集を用意しないと、MTの適切な翻訳結果は見られないと説得すべきです。
用語をしっかり管理できなければ、効果的な電子データの管理が実現できないということを明確に認識すべきです。いくらすばらしいMTやアプリを開発できたとしても、用語が大きくユレているようであれば、その効果も半減してしまいます。このままいくと、日本は諸外国に大幅に後れを取ってしまい、気づいたら手遅れだったというのも時間の問題のような気がします。このことを意識して、用語管理を推進すべきです。
・製品名を一般名詞で表すときの名詞のユレに注意
ある製品マニュアルをMTにかけたときのこと、その会社では自社製品をequipmentとしていました。しかし、ある文脈でdeviceという訳語が出てきたときに、おやっと思って考え込んでしまいました。どうやら、deviceといっているのはequipmentのことのようですが、別のdeviceのことを指しているようにも読み取れました。はたしてどちらなのでしょうか。deviceというと、イメージとしては、その会社の製品に比べるとちょっと小ぶりな製品を表す用語だったからです。専門用語のユレでだけではなく、読者を戸惑わせる一般用語のユレにも注意が必要です。
このように、固有名詞以外にも、自社の製品を一般名詞で表すときの名詞も特定するようにしておくべきです。と思って、同義語や同義語に近い名詞を挙げていってみました。すると、出てくる、出てくる…
equipment, device, product, machine, apparatus, appliance, instrument, tool, gadgetなど
・製品名を修飾する語句にも注意—用語を軽く考えない
以下の2つの文を読んでみてください。これは、同じものを指しているのでしょうか。それとも? 以下の修飾語(下線部)が単なる用語のユレであった場合、お客さまは、ほかにも電源ケーブルがあるのではと迷ってしまいます。こういった修飾語も統一すべきですよね。
Make sure that you use the supplied power cable.
Do not use accessory power cable for other products. (そもそも、この訳文は定冠詞抜け → 正しくは → Do not use the accessory power cable for other products.)
・MT出力時の表記法
MT出力を見ると、表記法が異なるので、誰の操作なのかがわからないものがあったりします。しかも、その異なり方が恣意的であったりします。たとえば、以下のような場合です:
Control the machine status with the condition lamps. → you
Identifies the error location from the error code. → machine
You can specify the error location using the table below. → you
MTによっては、ボタンを説明するところや、機能を説明するところ、表の中などで、表記の統一を設定できるものもあるようです。日本語の場合も、「常体:である調」「敬体:ですます調」の書き分けができるものもあったりします。
・注意文の翻訳
「~しないでください。それをやってしまうと・・・」という注意文の場合、以下のようにMT翻訳されたものがあります。
MT翻訳文:
Do not touch the inside of the device by opening the cover secured with screws.
Failure to do so may result in damage or device failure.
上記の文の下線部を読んだとき、違和感を覚えました。「~しないでください。そうすることを失敗すると、故障の原因になります」と読めるからです。これは、誤訳ではないでしょうか。
それよりも、単に「そうすると、故障の原因になります」= Doing so may result in damage or device failure.としたほうが、直感的にわかりやすいです。
・「注意」の翻訳文
これはMT翻訳に限らず問題となる場合があります。注意文で日本語の「注意」に該当する英文はCautionです。今回使用したMTでは、「注意」をNoteと翻訳したり、場合によってはCautionと翻訳したりしていました。「注意」をNoteと翻訳すると、重大な問題を引き起こす可能性があります。
人的被害が生じる可能性のある「注意」は、英文ではCautionです。これは、操作説明の世界規格であるIEC 82079に規定されています。もし、それがNoteとなっていたら、重大事故につながりかねません。
なお、IEC 82079では、人的被害はCautionとし、物損だけの場合は、Noticeなどとします。
・MTを使用するときの言語選択—アメリカ英語かイギリス英語か
MTによっては、なぜかアメリカ英語とイギリス英語が混在するものがあります。アメリカ英語かイギリス英語かは、翻訳するドキュメントの仕向け地によって異なってきます。言語の選択は、翻訳する前に対処すべき基本設定です。どうしてもここのところが緩くなってしまうのは、日本発のアプリだからでしょうか。
・明らかな誤訳 ご愛嬌なのか?
・機器の「ホルダー」がownerやstakeholderと翻訳されてしまいました。ホルダー=holderを経済用語と混同しているようです。
・製品の「保証」がassuranceと翻訳されてしまいました。製品の保証はwarrantyです。assuranceは、製品の品質を請け負うことです。
・機器の「損傷」がinjuryと翻訳されてしまいました。機械の損傷はdamageです。injuryは人のけがのことです。
・「マイナスドライバー」がnegative driverと翻訳されてしまいました。大笑いです。こんなのがあるから、MTは使えないと言われてしまいます。マイナスドライバーはthe flathead screwdriverです。ちなみに、プラスドライバーは、Phillips(-head) screwdriverです。
・「(機器の)背面」のことがdorsalと翻訳されてしまいました。dorsalとは、解剖用語です。機器の背面はrearです。
・「復帰」がreversionと翻訳されてしまいました。reversionは、以前の望ましくない状態への復帰、逆戻りを意味します。通常の「復帰」の意味では、recoveryを使います。
・「※」は日本語のマークです。MTによっては、そのまま英文でも「※」が使用されたりします。「※」は英語のマークではないので、使用しません。すべてアスタリスクに替えるようにします。
・順接の「が」—日本語でよく見かける誤った文法表現
「順接」で一文中に文節を続けるとき、日本語では接続助詞の「が」を使うことがよくあります。この「が」は接続詞の「しかし」と同様に、「逆接」の意味で用いられますが、以下の例のように、「順接」の意味で使うことがあります(実は、こういう私も、この説明の冒頭で使用しています。便利ですね)。
日本語原文:確認方法はいくつかありますが、製品背面の【Error Detection】スイッチが点滅していれば、製品はエラー状態が継続しています。
MT翻訳文:There are several ways to check, but if the [Error Detection] switch on the back of the product is blinking, the product continues to be in an error state.
MTも忠実に「逆接」として翻訳してくれます。こういったおかしな表現にならないようにするために、「逆接」の「が」を「順接」で使わないようにします。つまり、文を2つに分けます。
日本語原文:確認方法はいくつかあります。製品背面の【Error Detection】スイッチが点滅していれば、製品はエラー状態が継続しています。
MT翻訳文:There are several ways to check. If the [Error Detection] switch on the back of the product is blinking, the product continues to be in an error state.
これで、MTも適切に翻訳してくれます。
[2022.10] 用語集を適切に構築すれば
最近、ある会社のMT翻訳を評価しました。日本語原文から英文への翻訳です。その会社にとっては初めてのトライアルのMT翻訳でした。この評価のプロセスで感じたことをお伝えします。
英文への翻訳は、全般的に、よく翻訳できていました。技術系の会社によく見られがちな長文でも適切に翻訳できていました。えーっ、こんなに立派に翻訳できるなんて、MT翻訳もほぼ完成に近いのではないかと思ってしまった次第です。先日、評価した介護MTと比べると、雲泥の差です。もちろん、介護MTの場合は、介護という専門分野以外に、日常の施設利用者との会話も含まれるので、なかなかうまくいかないわけです。それに対して、ある特殊な専門分野の製品説明であれば、分野が限られますので、今回のような結果が得られることもあるでしょう。このレベルの翻訳であれば、MT翻訳による英文を、業務にも使用できますし、さらに、その英文から多言語化への期待も出てきます。
ただし、問題が無かったというわけではありません。今回のMT翻訳で感じたことをご説明します。
用語の問題
用語が支給英文と大きく異なっていました。場所によっては、用語を理解しているところもありましたし、支給英文と同じような文になっているところもありました。であれば、用語集をしっかりと学習させると、翻訳の精度が向上すると思います。
以下、その中での用語の具体的な問題点です。
- 固有名詞か一般名詞か
ずっと昔、メーカーに勤めていたころ、マニュアルとカタログで英語の製品名が異なるということが生じたことがありました。英語の製品名は、ドイツ語やフランス語などに翻訳されますので、英語でのまちがいは言語数だけ増加します!
製品名なども含めて、MTはそれが固有名詞なのか一般名詞なのかわかりません。固有名詞であれば、それらを用語集に登録すべきです。
支給英文:HS super grind devise
MT翻訳:HS super grinding unit
- 一般名詞における会社固有の呼称統一の必要性
一般名詞は用語として登録しないのではと思われた方もいらっしゃるでしょう。しかし、頻出する一般名詞がいくつかの表現に揺らいでいるとしたら、それはそれで困った問題になります。たとえば、machineという一般名詞一つとっても、apparatus, device, unit, instrument, toolなどといった同義語があります。これをMTが毎回異なって翻訳したら読者は戸惑ってしまいます。
- 会社固有の動詞表現
用語集に登録するのは名詞に限ったことではありません。特に重要なのが、名詞と同様にキーワードになれる動詞です。たとえば、「耕す」という動詞の場合、cultivateなのかcropなのか、それともplowなのか、はたまたplowのイギリス英語表記のploughなのかわかりません。会社によっては、それなりの理由があって、動詞のこの表現にはこれを使うといったことが決められているところがあります。もちろん、毎回、翻訳されるたびに、上記の動詞が入れ替わりで出てくるとしたら、読者は困惑してしまいます。
- ワーク
機械産業の分野では「ワーク」(work)が特定の意味に使われています。「ワーク」は、工作中の対象物を意味しており、これは英語のworkpieceの対訳として使われています。この「ワーク」をMTでは「object」と訳出していたりしますが、機械関係用語としては加工対象物という意味で「workpiece」にすべきです。
翻訳元となる原文(日本語)の問題
否定文を逆の意味に訳出したりするまちがいがあったほか、以下のような点にも注意する必要があります。
- 助詞
日本語原文:PCをHSシリーズとUSBケーブルで接続しないでください。
MT翻訳文:Do not connect the PC with the HS Series and USB cable.
→ 日本語が曖昧。助詞の「と」を並列と解釈した
正しい日本文:PCとHSシリーズをUSBケーブルで接続しないでください。
MT翻訳文:Do not connect the PC and the HS Series with a USB cable.
- 手順ナンバー
日本語原文:⑤ ③に連動して、 エマージェンシーストップ機能がOFFになります。
MT翻訳文:Linked to (5)(3), the Emergency stop function is turned OFF.
→ MTは手順ナンバーを理解しない。判定する仕掛けが必要
正しい日本文:⑤ 上記③に連動して、 エマージェンシーストップ機能がOFFになります。
MT翻訳文:In conjunction with (3) above, the emergency stop function will be turned off.
- 単複の問題
日本語原文:編集画面上をドラッグして、直接指定することもできます。
MT翻訳:They can also be specified directly by dragging them on the Edit Window.
日本語原文で「復帰位置は」という主語が省略されているので、MTは複数扱いをしてしまったようです。
日本語原文:抽出条件1/2それぞれのセット数について設定できます。
MT翻訳:The number of sets for each extraction condition 1/2 can be set.
日本語原文で「抽出条件1/2それぞれの」とあるのですが、「抽出条件1と2それぞれの」としないと、MTは複数あることが見えません。
まとめ
専門分野に特化した製品のマニュアルの場合、用語集を適切に構築すれば、MT翻訳を有効に活用できることが、自身の体験としてよくわかりました。