介護の「声かけ表現」から見えてきたこと — デジャブ

 最近、介護の対訳データベースをつくりました。介護分野では介護士の方々の人手不足が深刻で、海外からの人材に頼っているのが現状のようです。介護士さんの施設利用者に対する日常の「声かけ表現」は、利用者とのコミュニケーション図る上で重要な役割を果たしています。そこで、利用者と海外からの介護士さんのコミュニケーションに、MTが利用できないかということを検討したわけです。利用者とのコミュニケーションですので、日常会話が中心になるのですが、一方では、仰臥位(ぎょうがい)や褥瘡(じょくそう)といった難解な介護の専門用語とその読み書きも要求されます。そこで見つけた、古くて新しい発見もありましたので、この欄で少しご紹介します。

 この活動は、今年のシンポジウムで「外国人介護職とのコミュニケーション改善にMTは有効か —介護現場で活用できるMTの構築」というテーマで発表します。

コミュニケーションデザインシンポジウム2022(8/24-8/26開催)
【事例研究発表】2022年8月25日 16:00-17:00
[T32]外国人介護職とのコミュニケーション改善にMTは有効か
― 介護現場で活用できるMTの構築

■助詞「は」の問題
原文A:鈴木さんは行かれたことがありますか?
MT翻訳:Have you been to Mr. Suzuki?

原文B:鈴木さんはお好きですか?
MT翻訳:Do you like Mr. Suzuki?

皆さまの中には、なんだ、MTはこれくらいのことも翻訳できないのかと驚かれた方もいらっしゃると思います。残念ながら、これは、日本語固有の宿命的な問題です。皆さまもお気づきのことと思いますが、MTが間違えた原因は、日本語の助詞「は」には二つの役割があって、それをMTが間違って解釈したからです。もちろん、これは人間でもたまにミスしてしまいます。
Aの「は」もBの「は」も、格助詞を係助詞(取り立て助詞)と解釈しています。係助詞は、名詞に付いて、これから話すトピックを表します。Aでは、「鈴木さん」を場所か何かと間違えたのでしょう。Bでは、「鈴木さん」を動詞の対象と解釈しているようです。日本語の会話表現ではいずれも、「鈴木さん、あなたは」というつもりで普通によく使われる表現です。
これを解決するためには、その場の前後関係、つまりコンテキストを瞬時に判断できる完璧なAIの完成が必要です。しかも、上記のそれぞれの原文が単独で存在する限り、MTは間違え続けることでしょう。
したがって、この問題に対処するためには、人間が原文にちょっと手を加える必要があります。

改善文:鈴木さん、あなたは行かれたことがありますか?
MT翻訳:Mr. Suzuki, have you been there?

改善文:鈴木さん、あなたはお好きですか?
MT翻訳:Mr. Suzuki, do you like it?

いずれの例でも、助詞の「は」を格助詞として理解できました。このように、助詞の「は」を使用するときは、格助詞として使用するのか「係助詞」として使用するのかを意識して、必要に応じて言葉を補ってあげる必要があります(このような場合、MTは係助詞と解釈する傾向があるようです)。人間であっても、原文が単独で存在している場合に、つまり文の前後関係がわからないまま翻訳すれば、間違えてしまうことがあります。ですから、MT翻訳か人間による翻訳かに関わらず、誤解の無いように原文を書き分けることが必要です。
もう少し見てみましょう。

■関係性の言語の問題
原文:今、ちょっとよろしいですか。
MT翻訳:Would you mind a bit now?

日本語は「関係性の言語」と評されるくらいいろいろな要素を省略します。そして、その責任の一端を対話の相手に負荷します。ところが、英語であれば、主語と目的語は必須です。したがって、ここで省略されている用件を原文に付加します。
改善文:今、ちょっとお話ししてもよろしいですか。
May I talk a little now?

次の例を見てみましょう。

■語順の問題
原文:先週着ていたセーターを、皆さんがすてきだとほめていましたよ。
MT翻訳:I’m glad you liked the sweater that you wore last week.

なぜこのようなことが起こったのでしょう。日本語では、あまり語順は意識されないのですが、英語では語順は、副詞句など一部の例外を除いて自由に動かすことはできません。主語を先頭に置き換えてみました。そうすると、MTは内容を理解してくれました。

改善文:皆さんが、あなたが先週着ていたセーターがすてきだとほめていましたよ。
MT翻訳:Everyone praised the sweater you wore last week.

これらの問題をご覧になって、皆さま、デジャブ体験をされたことと思います。そうです。いずれもよく間違えるところですよね。
この続きは、シンポジウム会場(オンライン)でご確認ください。

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